浮世とは何だったのか。

江戸に学ぶ、日本人の美意識。Vol. 1

「浮世」。

この言葉を聞くと、多くの人は浮世絵や歌舞伎、あるいは華やかな吉原の街並みを思い浮かべるかもしれません。

けれど実は、「浮世」という言葉は、最初から明るい意味を持っていたわけではありません。

もともとは仏教の「憂き世」。

苦しみや悲しみから逃れられない、この現実世界を表す言葉でした。

人は老い、病み、別れを経験する。

だからこの世は「憂うべき世界」である。
そんな無常観を含んだ言葉だったのです。 

ところが江戸時代、この「うきよ」は同じ読みのまま、まったく違う漢字を与えられます。

「浮世」。

それは、「どうせ人生は儚い。だからこそ、今を楽しもう」という発想でした。 

「人生を楽しむ」という革命

この変化は、単なる言葉遊びではありません。

日本人の人生観そのものが、大きく変わった瞬間でした。

戦国時代、人々は「明日、生きている保証がない」世界を生きていました。

一方、江戸時代は約260年もの平和が続きます。

商人が育ち、町が栄え、庶民が文化を生み出す時代が始まりました。

人々は初めて、「どう生き延びるか」だけではなく、「どう生きるか」を考えられるようになったのです。 

その結果、生まれたのが「浮世」という思想でした。

浮世とは、「遊び」ではなく「生活」だった

現代では、「浮世」というと、どこか享楽的な響きがあります。

ですが、当時の人々にとって浮世は、贅沢だけを意味するものではありません。

旬の魚を味わうこと。

お気に入りの着物を仕立てること。

芝居を観ること。

恋をすること。

季節の花を愛でること。

友人と酒を酌み交わすこと。

そうした日常の一つひとつを味わい尽くすこと。

それこそが「浮世」でした。

だから「浮世絵」は、英雄ではなく町人を描きました。

有名な武将よりも、美しい女性や人気役者、旅先の景色や四季の風景が好まれたのです。

そこには、「今を生きる人々」がいました。

三代豊国『見立源氏はなの宴』

春画は、「浮世」を映した一枚だった

このシリーズでは、今後「春画」についても詳しく取り上げます。

ですが、ここで一つだけ知っておきたいことがあります。

春画は、単なる性的な絵ではありませんでした。

実際に残る作品を見ると、そこには笑顔があります。

恋人同士の会話があります。

夫婦のじゃれ合いがあります。

ときには、思わず吹き出してしまうような誇張やユーモアまで描かれています。

研究者の早川聞多氏は、春画における「笑い」の表現についても論じています。 

つまり春画は、「性を刺激するためだけ」のものではなく、人間らしい営みや滑稽さを描いた文化でもあったのです。

これは現代の「性は隠すもの」という感覚とは、少し違います。

豊かさとは、何だったのだろう

歌川国芳「縞揃女弁慶 松の鮨」。

興味深いのは、江戸の人々が「豊かさ」をお金だけでは測っていなかったことです。

もちろん商人たちは成功を目指しました。

けれど同時に、

美しい器で食事をすること。

季節を感じること。

好きな着物を着ること。

人との時間を楽しむこと。

そうした「暮らしの質」そのものが、豊かさでした。

浮世という言葉には、「今を大切に生きる」という感覚が宿っています。

現代を生きる私たちは、何かを忘れてしまったのだろう

現代は、江戸時代とは比べものにならないほど便利です。

スマートフォン一つで世界とつながり、欲しいものは翌日に届きます。

それでも、「時間がない」「余裕がない」と感じる人は少なくありません。

未来のために頑張ることは大切です。

けれど、その未来のために、「今日」を犠牲にし続けてはいないでしょうか

江戸の人々が教えてくれるのは、「今だけ楽しめ」ということではありません。

「今日という一日にも、美しさを見つける感性を忘れないこと」。

それが浮世という言葉の、本当の意味なのかもしれません。

BiBiOが大切にしたいこと

BiBiOは、性文化だけを語りたいブランドではありません。

私たちが惹かれるのは、日本人が育んできた「美意識」です。

性も、恋愛も、食も、芸術も、誰かを想うことも。

本来はすべて、「人生を豊かにする文化」の一部でした。

私たちが目指したいのは、新しい価値観を押しつけることではありません。

日本がかつて持っていた、「人生を美しく楽しむ感性」を、現代の暮らしの中にそっと取り戻すこと。

その小さなきっかけを、BiBiOというブランドから届けられたら嬉しく思います。

次回予告

Vol. 2 「春画は、なぜ笑い絵だったのか。」

エロティックな絵として語られることの多い春画。
しかし、そこには現代人が忘れてしまった「笑う」という文化があったのかもしれません。

バイブレーターは「医療器具」だった

女性の快楽をめぐる、奇妙で真剣な歴史

BiBiOのような振動デバイスの「先祖」が、
19世紀の医師の診察室で生まれたことをご存じでしょうか。

その歴史は、女性の体と性がいかに長い間「誤解」されてきたかを教えてくれる、驚くべき物語です。

「ヒステリー」という謎の病名

19世紀のヨーロッパ
特にビクトリア朝時代のイギリスで、女性に頻繁に下された診断がありました。

「ヒステリー(hysteria)」です。

症状は非常に幅広く、
倦怠感・不眠・神経過敏・食欲不振・腹部の重さ・気分の浮き沈み・「問題を起こしがちな傾向」に至るまで、
原因不明のあらゆる不調がこの診断名でまとめられていました。

当時の推計では、成人女性の相当数がこの診断を受けていたとも言われています。

「ヒステリー」という言葉の語源は、ギリシャ語の「hystera(子宮)」。

古代ギリシャの医学者たちは、子宮が体内をさまよって様々な臓器を圧迫することが
女性特有の不調の原因だと信じていました。

この非科学的な概念が、なんと近代医学が整備された19世紀まで実質的に生き残っていたのです。

医師が処方した、信じられない「治療法」

問題はその治療法です。

当時の医師たちは、ヒステリーの症状を緩和するために
「骨盤マッサージ」、つまり医師による性器の手指刺激を行い、
患者が「ヒステリー発作(hysterical paroxysm)」に達することで症状が緩和されると考えていました。

現代の私たちから見れば、それはオーガズムそのものです。

しかし当時の医師も患者も、それを「性的なもの」とはまったく認識していませんでした。

セクシュアリティは「夫婦間の行為の中にのみ存在する」という時代の枠組みの中で、
診察室での行為は純粋に「医療処置」として行われていたのです。

「疲れた医師」が生んだ、電動バイブレーター

この処置には一つ問題がありました。

医師たちが、非常に疲れることです。

19世紀の医学雑誌には、
骨盤マッサージが「時間がかかり、体力を消耗する」と医師たちが嘆く記述が残っています。

この「医師の負担を減らしたい」という実務的な動機から、振動装置の開発が始まりました。

1870年代には歯車式の機械的バイブレーターが医師向けに販売され、
1873年にはフランスの施設で最初の電動バイブレーターが治療に用いられました。

19世紀末には電動式が普及し、処置時間は1時間以上から10分以下に短縮されたと記録されています

*アリゾナ州立大学 Embryo Project Encyclopediaの記録より

「快楽」が認識されるまでの長い道のり

この歴史が示すのは、女性のオーガズムが長い間
「性的なもの」として認識されなかったという皮肉な事実です。

医師は毎日患者にオーガズムをもたらしながら、
それを「医療行為」として処理していた。

女性の性的快楽は存在していたのに、概念として「存在しないこと」にされていた。

ヒステリーという診断名が医学の正式分類から削除されたのは、1952年のことです。

「誤解の歴史」の先にあるもの

BiBiOが存在する今の時代は、ある意味でこの長い歴史の「続き」です。

女性の快楽は、ようやく「医療行為」でも「罪悪」でもなく、
本人が自分のために享受してよいものとして認識されるようになってきました。

過去の女性たちは、自分の体が求めているものが何かを、
「病気の症状」として医師の診察室へ持ち込むしかありませんでした。

私たちは今、それを自分の意志で、自分の手で、選ぶことができます。

その自由を、当たり前のこととして受け取ってほしい
BiBiOはそう思っています。

参考:Embryo Project Encyclopedia, Arizona State University「Medical Vibrators for Treatment of Female Hysteria」
Victorian-era.org「Female Hysteria during Victorian Era」
Rachel Maines “The Technology of Orgasm”(1999, Johns Hopkins University Press)

性を「美」として描いた日本人

「春画」という言葉を聞いたとき、どんな印象を持ちますか。

少し恥ずかしい、隠れたもの、禁断のもの

そんなイメージを持つ方も、多いかもしれません。

でも実は、江戸時代の日本において、春画は 「隠す」ものではなく、「飾る」ものでした。

嫁入り道具として、親が娘に持たせた

以前「春画は「家宝」」でも書いたように

江戸時代、春画は武家・商家を問わず広く愛され、 家の中に飾られ、大切に保管されていました。

なかでも印象的なのが、 春画を嫁入り道具のひとつとして、 娘の婚礼箪笥に忍ばせる風習があったことです。

それは、娘に「性を恥じるな」と伝えるための、 親から子への、愛のメッセージでした。

「あなたの体は美しい。愛を知ることは、喜びである」

言葉ではなく、絵でそれを伝えた文化が、 この国にはかつて存在していたのです。

葛飾北斎も、春画を描いた

春画を手がけたのは、決して無名の絵師たちではありません。

「富嶽三十六景」で世界的に知られる葛飾北斎も、 喜多川歌麿も、歌川国芳も、

一流の浮世絵師たちが、その腕を惜しみなく注いで 春画の傑作を生み出しました。

北斎が描いた春画の代表作『蛸と海女』は、 今日でも世界の美術館に収蔵され、

現代アートにも影響を与え続けています。

彼らが春画を描いたのは、 性を「卑しいもの」としてではなく、

人間が持つ根源的な力と美しさとして、 真剣に向き合っていたからではないでしょうか。

「見せる」ではなく、「感じさせる」技術

春画の世界で特に注目したいのは、 その「余白」と「想像力」の使い方です。

着物の乱れ、指のかかり方、うつむいた顔。

すべてを描ききらずに、 肝心なところは観る者の想像に委ねる。

それが、江戸の美意識でした。

「見せすぎない」ことが、 最も深く相手の心に届く

春画は、そのことをずっと昔から知っていました。

明治以降「隠された」ものに

ところが、明治以降の西洋化の流れの中で、

春画は急に「わいせつなもの」として禁じられ、 人々の目から隠されてしまいます。

江戸時代には当たり前に親しまれていた文化が、

外来の価値観によって「恥ずかしいもの」に 書き換えられてしまったのです。

その影響は、現代にも色濃く残っています。

性について話すことへの罪悪感。

自分の欲求を認めることへの恥の感覚。

女性が「感じること」へのためらい。

それらの多くは、江戸時代の日本人には 存在しなかった感情かもしれません。

美しいと思う感覚を、取り戻す

BiBiOが目指しているのは、 江戸の春画が体現していた精神の、現代版です。

性を「処理」や「発散」ではなく、 ひとつの美しい人間的な営みとして捉えること。

自分の体と感覚を、 恥じるのではなく、丁寧に扱うこと。

そしてそれを、品よく、上質に、 日常のなかに静かに置いてあげること。

春画を見た江戸の女性たちは、 きっと恥ずかしさではなく、

どこか安心感の中にワクワクする気持ちを覚えたのではないかと思います。

「ああ、これは、自分だけじゃないんだ」と。

「もっとこんなことも、試してみたいかも」

BiBiOもまた、そういう存在でありたいと思っています。

人間の感覚は、美しい。

性的な欲求は、自然なことです。

江戸の絵師たちが筆に込めたメッセージを、

私たちはプロダクトに込めて、皆様に届けたいのです。

愛を、芸術にした人たち

吉原を、単なる遊郭だと思っていたとしたら、 少し違う景色が見えてくるかもしれません。

花魁は、「芸」の人だった

江戸時代の吉原に生きた花魁たちは、 ただ男性の欲求に応える存在ではありませんでした。

詩歌、書道、茶道、三味線、舞踊。

教養のないものは、どれだけ美しくても 一流の花魁にはなれないと言われていました。

彼女たちが求められたのは、 「体」だけではなく、
「会話の妙」「空気の作り方」「美意識の高さ」でした。

男性たちは、ただの欲求を満たしに来るのではなく、
その知性と品と色気に、惹きつけられていたのです。

愛には、「段階」があった

花魁との関係には、決まった段階がありました。

初めて顔を合わせる「初会(しょかい)」。
顔見知りになる「裏(うら)」。
そして初めて心を許す「馴染み(なじみ)」。

3度目の訪問まで、本当の関係は始まらない。

現代の感覚から見ると、遠回りに思えるかもしれません。
けれどこの「距離感」こそが、 江戸の「粋」の核心でした。

すぐに手に入れようとしない。
焦らず、少しずつ相手の心に近づく。
そのプロセス自体に、価値があった。

「求めること」より「育てること」を、 江戸の人々は大切にしていました。

花魁の「文字」が、心を動かした

花魁から馴染み客へ送られる手紙を、 「遣手文(やりてぶみ)」と呼んでいました。

花魁の文字は美しく、 言葉は上品で色気があり、 時に和歌を添えて思いを伝えた。

受け取った男性は、 その一枚の紙を、宝物のように扱ったといいます。

現代の私たちには、 LINEで瞬時にメッセージを送れる便利さがあります。

でも、 「言葉をどう届けるか」に心を使う時間は、 少なくなっているかもしれません。

すぐに送れる言葉は、 すぐに消えていくこともある。

丁寧に選ばれた言葉は、 時間を超えて、心に残る。

「強さ」より「余韻」で愛した

花魁たちが体現していたのは、 「愛すること」をひとつの芸術にすることでした。

強さではなく、繊細さで。 主張ではなく、余白で。 効率ではなく、余韻で。

相手の心を、ゆっくりと動かしていく技術。

それは、性欲の消費ではなく、 人間同士の感情のやり取りそのものを、 丁寧に、美しく扱う文化でした。

現代に、その感覚を取り戻したい

BiBiOが大切にしている「粋」という言葉も、ここにルーツがあります。

見せすぎないこと。
語りすぎないこと。
けれど、確かに愛情があること。

花魁たちが体で示した美意識は、 現代に生きる私たちにも、
「愛の在り方」を問いかけてくれているように感じます。

愛することを、もっと丁寧に。 もっと上品に。

強さや刺激だけが愛の表現ではなく、
余白と余韻の中にこそ、 深い親密さが育まれていく。

BiBiOは、その感覚を現代のかたちで届けたいと思っています。

江戸の花魁たちが示してくれた、愛の美学を—— いまここで、もう一度。

なぜ「性」はタブーになってしまったのか?

日本は、本当に“保守的”な国だったのか

現代の日本では、
「性」はどこか話しづらいものとして扱われています。

学校でも深く学ぶ機会は少なく、
家族やパートナー同士ですら、
本音で話すことに抵抗を感じる人は少なくありません。

その一方で、
街やインターネットには、
刺激的で過激な性コンテンツが大量に溢れています。

「性はタブーなのに、性産業は巨大」

この矛盾した空気感に、
違和感を抱いたことがある人も多いのではないでしょうか。

けれど、日本はもともと、
ここまで「性を閉じた国」ではありませんでした。

江戸時代には、「粋」な性文化が存在していた

江戸時代には、今よりももっと自然に、
性が文化の中に存在していました。

春画は、単なる性的な絵ではなく、
笑いながら囲んで見る「笑絵」として親しまれ、
時には嫁入り道具や家宝として扱われていました。

また、吉原には、単なる欲望の消費だけではなく、
香り、会話、装い、教養など、「粋」な美意識が存在していました。

恋文を書く文化や、相手との距離感を楽しむ感覚なども含め、
性はもっと人間らしく、感情や美意識と近い場所にあったのです。

もちろん、すべてが理想的だったわけではないと思います。

それでも少なくとも、
現代のように「完全なタブー」として扱われていたわけでは
なかったのではないでしょうか。

明治以降、「近代化」とともに変わった価値観

転機となったのは、明治時代以降の近代化です。

西洋の価値観を取り入れ、「文明国家」としての体裁を整えていく中で、
日本の性文化は少しずつ制限されていきました。

そして戦後、GHQによる占領政策の中で、
性表現への統制はさらに強まります。

風紀や検閲の考え方が変化し、それまで日本に存在していた比較的おおらかな性文化は、
「公に見せるべきではないもの」として扱われるようになっていきました。

つまり、現在の「性=隠すもの」という感覚は、

日本本来の文化というよりも、
近代化や戦後の価値観の変化の中で、形成されていった部分も大きいのです。

その一方で、「アングラ」だけが巨大化した

しかし興味深いのは、
「性」そのものが消えたわけではないということです。

むしろ、タブーになったからこそ、
地下化し、より刺激的な形で発展していった側面もあります。

現代では多少減りましたが、
過激なAV、刺激重視のコンテンツ、生々しいデザインの商品など、
「強い刺激や消費」としての性は、巨大な市場になっています。

けれどその一方で、

上品に。
健全に。
美しく。

性を扱う文化やサービス、プロダクトは極端に少なく、
同時に、教育の場面でもあまり話されない。

つまり今の日本は、「タブーだから話しづらい」
でも「刺激的なものだけは大量にある」という、少し歪な状態なのかもしれません。

「健全な選択肢」が少なすぎる

私たちは、この状況に強い違和感を持ってきました。

性は本来、人間の三大欲求のひとつであり、WHO(世界保健機関)でも、
身体的・精神的・社会的なウェルネスと深く関わるものとして定義されています。

それにも関わらず、「健全に向き合うための選択肢」が極端に少ない。

結果として、話しづらさや後ろめたさだけが残り、
性について自然に学んだり、パートナーと話したりする機会も失われているのではないでしょうか。

BiBiOは、
このギャップを少しずつ埋めていきたいと考えています。

性を、
隠すものでも、過激に消費するものでもなく、

もっと自然で、美しく、人を満たす文化として扱うこと。

それは、
新しい価値観を作るというより、

本来日本にあった「粋」な感覚を、
現代にもう一度取り戻すことなのかもしれません。

私たちは、
性をもっと健全に、もっと丁寧に話せる空気を作りたいと思っています。

そしてBiBiOは、
そのための小さなきっかけでありたいと考えています。

日本の性教育、海外とどう違う?包括的性教育から学ぶボディリテラシー

「性教育」という言葉に、どんなイメージを持っていますか。

保健体育の教科書、白黒で描かれた図解、なんとなく気まずいあの時間——多くの人にとって、性教育の記憶はそんなものかもしれません。

でも日本の性教育と海外の性教育を比べると、その内容も姿勢も、大きく異なります。世界では性教育は「からだの仕組みを教える授業」ではなく、「自分と他者を大切にする力を育む教育」として捉えられています。

日本と海外の性教育は、いったい何が違うのか。そしてその違いは、私たちのボディリテラシーや生き方にどう影響しているのか。一緒に考えてみましょう。

世界標準の性教育——「包括的性教育」とは

まず知っておきたいのが、「包括的性教育(CSE:Comprehensive Sexuality Education)」という考え方です。

UNESCOが中心となり、2009年に発表した「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」に基づく、世界標準の性教育のことです。1980年代のHIV/エイズの世界的な流行を背景に、90年代には「性の権利は人権である」という国際的な意識が高まり、包括的性教育はその流れの中から生まれました。

包括的性教育が扱うのは、妊娠・避妊・性感染症といった生物学的な知識だけではありません。関係性、ジェンダーの理解、暴力と安全確保、性的同意、ボディイメージ——そういったテーマが年齢に応じて段階的に学ばれます。「からだの仕組み」ではなく、「人として生きる力」を育てるものとして設計されているのが、包括的性教育の特徴です。

スウェーデンの性教育——5歳から始まるボディリテラシー

海外の性教育の中でも特に先進的なのが、スウェーデンです。

スウェーデンでは幼少期から包括的性教育が行われ、性的同意の重要性や自分のからだへの理解が、生活の中で自然に育まれます。RFSU(スウェーデン性教育協会)というNGOが国と連携し、質の高い教材開発や教員研修を専門的な立場からリードしています。

また「ユースクリニック」という施設があり、主に25歳以下の若者であれば無料・予約不要・匿名で、避妊の相談、コンドームの入手、性感染症の検査、カウンセリングなど幅広いサービスを受けられます。「性について話せる場所」が、学校の外にも開かれている——それがスウェーデンの性教育の大きな特徴です。

オランダの性教育——「愛、万歳!」と教える国

オランダも、日本と海外の性教育の違いを語る上で欠かせない国です。

学校教育だけでなく、家庭や社会全体で性の話題がオープンに議論される文化があり、欧州の中でも若年層の妊娠率や性感染症の発生率が特に低い国の一つです。

専門機関Rutgersが開発した教材の名前は「Lang leve de Liefde(愛、万歳!)」。避妊の知識だけでなく、パートナーと対話する実践的なコミュニケーションスキルまで学べる内容です。「愛、万歳!」——性教育の教材にこんなタイトルをつける感覚が、すでに日本とは根本的に異なります。

その結果、10代の出生率は1,000人あたり1.8人(2022年)と世界で最も低い水準にあり、包括的性教育の効果が数字にも表れています。

日本の性教育——海外との違いと課題

では、日本の性教育はどうでしょうか。

日本と海外の性教育の最大の違いは、「始まる時期」と「扱う内容の幅」にあります。海外が5歳から段階的に始めるのに対し、日本では小学校高学年〜中学生から本格化し、内容も生殖や第二次性徴といった生物学的な知識が中心。性的同意、ボディイメージ、人権や多様性に関する内容は、まだ限定的です。

その背景には、長年「歯止め規定」と呼ばれる制約がありました。「発達段階に応じて行き過ぎた指導は避ける」という趣旨の規定により、学習指導要領に示された範囲を超える指導は行われず、小学校・中学校で「性交」を扱うことは長く抑制されてきました。

知らなければ、守れない。選べない。断れない。「知りすぎると危険」ではなく、「知らないことの方が危険」——その認識の転換が、日本にはまだ十分に広がっていないのかもしれません。

ボディリテラシーを育てることが、自分を愛する第一歩

日本の性教育と海外の性教育が大きく異なるのは、「性をポジティブなものとして扱う」という根本的な姿勢です。

恥ずかしいもの、隠すもの、危険なもの——ではなく、自分のからだを知り、大切にし、喜ぶことを肯定する。そこから始まる包括的性教育が、ボディリテラシーを育て、自己尊重の力を生み出し、他者への暴力を防ぎ、豊かな関係性につながっていく。

日本でも変化は少しずつ起きています。フェムテックという言葉が広まり、セクシュアルウェルネスへの関心が高まり、自分のからだと性について話せる場所やコンテンツが増えてきました。

BiBiOもその流れの中にあります。「愛する、を美しく」——自分のからだを知り、喜びを感じることを肯定することが、BiBiOの根底にある考え方です。

性教育は、大人になってからでも取り戻せる

性教育を十分に受けてこなかった分は、大人になってから取り戻せます。本でも、信頼できる情報源でも、友人との対話でも。

「知ること」に遅すぎることはありません。自分のからだについて学ぶことは、自分を大切にする最初の行動です。

日本の性教育と海外の性教育の違いを知ることは、「私たちはどんな教育を受け、何を知らないまま大人になったのか」を振り返るきっかけになります。そしてその気づきが、自分のからだと、自分自身への新しい向き合い方を生み出していく。

BiBiOは、「性について話すことが当たり前の文化」が日本にも根付く日が来ることを願っています。

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江戸時代にあった、“粋”な性文化

現代の「性」は、少し極端なのかもしれない江戸時代にあった、“粋”な性文化

現代において、「性」はどこか極端に扱われているように感じます。

一方では、恥ずかしいもの、隠すべきものとして扱われる。

そしてもう一方では、刺激的に、消費されるものとして扱われる。

その間にあるはずの、「自然に楽しむ」という感覚や、
「丁寧に扱う」という視点が、いつしか少なくなってしまっているのかもしれません。

けれど、日本にはかつて、
今とは少し違う性文化が存在していました。

それが、江戸時代の「粋」の文化です。

恋文には、色気と教養があった

江戸時代には、
今よりもずっと「言葉」で愛情を伝える文化がありました。

好きな人へ手紙を書くこと。
香りを紙に移すこと。
遠回しな表現で想いを伝えること。

そこには、単なる恋愛ではなく、
「色気」や「余白」を楽しむ感覚が存在していました。

現代のように、
すぐに答えや結果を求めるのではなく、

相手との距離感や、
感情が揺れる時間そのものを楽しんでいたのです。

江戸の「粋」とは、露骨ではないこと。

見せすぎず、
語りすぎず、
でもどこか惹きつけられることでした。

吉原は、ただの遊郭ではなかった

江戸文化を語る上で、
吉原もまた欠かせない存在です。

現代では、どうしても
「風俗街」というイメージだけで語られがちですが、
当時の吉原は、単なる性的サービスの場所ではありませんでした。

そこには、
ファッション、香り、会話、芸事など、
様々な美意識が存在していました。

女性たちは、ただ身体を売る存在ではなく、教養や会話、
空気づくりまで含めて、「魅せる」ことを求められていました。

つまりそこには、
性だけではなく、人を惹きつける所作や、
感情のやり取りそのものを楽しむ文化があったのです。

盆踊りは「出会いの場」でもあった

また、地域によっては、
盆踊りが若い男女の交流の場として機能していたとも言われています。

今のように、恋愛や性が完全に切り離されたものではなく、
もっと生活や人とのつながりの中に、自然に存在していた。

地域によっては、
夜這いの文化が存在していた記録もあります。

もちろん現代とは価値観も倫理観も異なりますが、
そこから見えてくるのは、性を極端に否定せず、
人間らしい営みのひとつとして捉えていた時代の空気です。

「粋」とは、遊び心と余白

江戸時代の性文化に共通しているのは、
どこか「粋」であることでした。

それは、露骨さではなく、
余白や遊び心、そして人間らしさを含んだ美意識です。

現代のように、
強い刺激や過剰な演出ではなく、もっと空気や感情を楽しむ感覚。

恋文や香り、装いを楽しむ文化と同じように、
親密な時間そのものも、人生を豊かにするものとして存在していました。

BiBiOは、
この「粋」な感覚を、
現代にもう一度取り戻したいと考えています。

性を、ただ消費するものではなく、
自分や相手を大切にする時間として、そして少し心が豊かになる文化として捉えること。

それは、まったく新しい価値観ではなく、
本来日本にあった感覚への、回帰なのかもしれません。

香りや言葉、
空気感や距離感を楽しみながら、
人とのつながりを「粋」として愛していた時代。

そこには、
性を否定することも、
過剰に消費することもない、
穏やかで自然なバランスが存在していました。

BiBiOは、
その感覚を、現代のかたちで表現していく存在でありたいと思っています。

BiBiO Ring(ビビオリング)

春画は「家宝」

現代において、「性」にまつわるものは、
どこか隠すべきものとして扱われることが多いように感じます。

人目に触れない場所にしまわれ、
個人の中で消費されるもの。

そんな空気が、当たり前のように存在しています。

けれど、日本にはかつて、
それとはまったく異なる価値観が存在していました。

例えば、江戸時代に広く親しまれていた「春画」もそのひとつです。

洒落っ気で人々を笑わせ、楽しませる目的で描かれた、春画

春画は、単なる刺激的な絵ではなく、
当時の人々にとって、もっと身近で、そして意味を持つ存在でした。

例えば、嫁入り道具のひとつとして持たされることや、
夫婦の関係を円滑にするための参考書として使われること。

また、武士のお守り厄除けとして持ち歩かれることもあり、
美しい芸術ものとして保管され、家宝のように扱われることもあったといわれています。

そして、現代との大きな違いは、その「楽しみ方」にありました。

春画は、ひとりで隠れて消費するものではなく、
人と囲みながら眺め、笑い合い、語り合うものでもありました。

実際に春画は、「笑絵(わらいえ)」とも呼ばれており、
そこには、性を重く扱いすぎず、
ユーモアや遊び心とともに楽しむ文化が存在していました。

現代におけるポルノ・アダルトビデオが、
どこか個人的で閉じた体験になりやすいのに対し、
当時の春画は、人と共有される、開かれた文化でもあったのです。

その一方で、
春画は常に自由に存在していたわけではありません。

江戸時代には、幕府による出版統制が行われており、
特に18世紀後半の寛政の改革などでは、浮世絵や春画の取り締まりが強化されました。

さらに明治時代に入ると、
西洋の倫理観や近代国家としての体裁を整える流れの中で、
性に対する価値観そのものが大きく変化していきます。

それまで比較的おおらかに扱われていた性は、
「公に見せるべきではないもの」としてより強く規制されるようになりました。

つまり、性が「タブー」として扱われるようになった背景には、
文化や時代の変化、そして外からの価値観の影響があったと言えます。

センスと遊び心が共存することが、
「粋がある」ということではないでしょうか。

春画に見られるのは、単なる性的な描写ではなく、
ユーモアや誇張、そして「粋」な美意識です。

恋文や香り、装いといった文化と同じように、
愛や親密な時間そのものを、楽しくも、美しく演出するものとして存在していました。

BiBiOは、この江戸時代中心に栄えた
「粋のある愛」「粋のある愛情表現」
そんなものを、現代にもう一度取り戻したいとの思いがあります。

性を、ただの欲求としてではなく、
自分や相手を大切にする時間として、そして美しく整えるものとして捉えること。

それは、新しい価値観ではなく、
本来日本にあった文化への、回帰と思います。

春画という「滑稽なラブ漫画」が家宝として扱われ、
人々がそれを囲み、笑い、語り合っていた時代。

性を否定することも、過剰に消費することもない、
健全なセクシャルライフスタイルだと感じます。

BiBiOは、そのバランスを、
現代のかたちで表現していく存在でありたいと考えています。

だからこそ、BiBiO Ring(ビビオリング)
恋人間、夫婦間、友人間で性について、前向きにかつ品よく話せる
「きっけか」としてのコミニケーションツールとして、
春画と少し近いものであるのかもしれません。

BiBiOが大切にしている、江戸時代の「粋」

忘れられた粋と美しさを、いまふたたび。

かつて日本には、「愛すること」そのものに美しさと誇りを見いだす文化がありました。
恋文や香り、装い、しぐさ。
それらはすべて、愛を語るための「粋な愛情表現」でした。

直接的に伝えるのではなく、余白の中で感じさせる。
強く主張するのではなく、静かに伝える。
江戸時代に育まれた「粋」という美意識は、
人と人との距離や関係性を、より丁寧で、より豊かなものにしたのではないでしょうか。

「粋」とは何か

「粋」とは、単なるおしゃれや洗練ではないと思っています。

見せすぎないことで、想像をかき立てる「余白」
控えめでありながら、も魅力を感じさせる「上品な色気」
相手への思いやりが、さりげなく表現されている「ちょうどいい思いやり」
記憶に残すための、洒落っ気のある「遊び心」

私たちにとっての「粋」とは、外側の装いだけでなく、
内面の在り方や、関係性の中に生まれる愛情表現という「道徳」のようなものだと考えています。

なぜ今、その「粋」を取り戻したいのか

現代において、性や愛は、どこか極端に分かれているように感じます。

一方では、語られないタブーとして距離を置かれ、
長期的なパートナーシップの中では、男女としての関係が冷めていくことも
どこか当たり前のように受け入れられている。

もう一方では、過剰に直接的で刺激的な表現や、
時に執着とも捉えられるような、強すぎる愛情表現。

そのどちらにも当てはまらない、
「ちょうどよい愛情の在り方」が、どこか失われてしまったように思います。

まずは、自分を大切にすること。
そして、相手を大切に想い、その気持ちを丁寧に伝えること。

私たちは、江戸時代の「粋」という感覚からヒントを得て、
現代にふさわしい距離感と形の中で、
自分と相手を深く知り、尊重し合う関係を育てていきたいと考えています。

品よく、あたたかく。
そして、これまで以上に満たされる愛情表現を増やしていくこと。
それが、より豊かで幸福な人生へとつながっていくと、私たちは信じています。

BiBiOがつくる「粋のある愛情表現」

BiBiOが目指しているのは、強く伝える愛ではなく、
そっと伝わる愛のかたちです。

第1弾の製品であるBiBiO Ring(ビビオリング)は、
ギフトとしても自然に贈れるデザインと機能性を大切にしています。

大切なパートナーや、友人にも、構えすぎることなく贈れることは
ふたりの距離をやさしく近づける、会話のきっかけにもなると考えています。

また、プレジャーアイテムに対して感じやすい抵抗感や、
使用後に訪れるいわゆる「賢者タイム」のような感情やシーンも、
デザインの力によってやわらげたいと考えました。

BiBiOは、現代のライフスタイルの中で、
ポジティブな感情だけで自然に取り入れられる存在でありたいと考えています。

手に取った瞬間の、高揚感。
空気を壊さない、静かな振動。
愛の時間をロマンティックに飾る、存在感。

それらはすべて、「愛する時間」を、より美しく整えるためのものです。

「何をするか」ではなく、「どう在るか」。

BiBiOは、愛を丁寧に扱うためのきっかけとして、
現代の「粋のある愛情表現」を提案しています。

ベッドジュエリーという表現

BiBiOは、自分たちのプロダクトを「ベッドジュエリー」と呼んでいます。

それは、単なるプレジャーアイテムではなく、
愛の時間を飾る存在でありたいという想いから生まれた言葉です。

ジュエリーがつける人に、輝きや自信をくれるように。
ベッドジュエリーはプレジャーの時間に、輝きと肯定感を。
そして、大切な人との時間も、より特別なものにする。

BiBiOを選ぶことは
「愛する」ことを、誇れる文化として取り戻す
一つの選択です。