BiBiOを続ける中で、
ふと立ち止まって考えることがあります。
これは、本当にビジネスなのだろうか、と。
もちろん、お金を銀行から借りて、事業計画を作り
製品を企画開発し、販売している以上、形としてはビジネスです。
けれど、私の心の根底にあるものは、
単なる売上や拡大ではないと確信しています。
私がやっていることは、もしかすると、「性を、親しい人の間で健全にする」
そのための、啓蒙や、小さな社会運動なのかもしれません。
私は中学生の頃、洗脳近い形で、訳もわからずに性暴力を受けていたことがあり、
自分でも理解しきれない違和感を抱えたことがありました。
当時はそれが何なのか分からず、
ただ流されるように時間が過ぎていきました。
大学生になり、この時の加害者と道ですれ違ったことをきっかけに、その記憶と向き合ったとき、
初めて、自分が何を経験していたのかを理解しました。
そのときに感じたのは、単なる知識不足ではなく、
「何が健全で、何がそうでないのか」それを考えるための環境がなかったこと。
そして、子供ながらに、何かを感じて
家族だけでなく、誰にも相談できない空気があったことでした。
日本では、性はどこか極端に扱われています。
一方では、タブーとして語られないもの。
もう一方では、刺激的な娯楽として消費されるもの。
そのどちらにも、「丁寧に扱う」という視点が欠けているように感じていました。
けれど本来、性欲は人間の三大欲求のひとつであり、
心や身体の状態と深く結びついた、健康にとても重要なものです。
実際にWHO(世界保健機関)においても、
Sexual wellness = 性的なことにおいて、身体・感情・精神・社会的に良好な状態と定義され
単に病気や機能の問題がない状態ではなく、
身体的・精神的・社会的に満たされた状態であると定義されています。
それにも関わらず、性について自然に話すことも、
健全に理解することも難しい。
この状況に、私は強い違和感を持つようになりました。
そして同時に、海外の方と関わる中で、
日本文化そのものに対する大きな尊敬を目の当たりにしました。
その中で知ったのが、江戸時代の文化でした。
・春画が「家宝」や「お守り」として扱われていたこと。
・恋文や香りなど、愛情表現そのものが美しく芸術的に存在していたこと。
現代よりもむしろ、性が自然で、粋な形で存在していたのではないかと、
感じるようになりました。
だからこそ私は、江戸時代の洒落っ気と大胆さ、色気の混ざった
粋のある性の文化を現代にもう一度取り戻したいと思うようになりました。
性を親しい人の間で、健全にオープンに
性を、隠すものでも、
消費するものでもなく、
丁寧に、美しく扱うものとして。
BiBiOは、そのためのひとつの手段です。
製品そのものよりも、その背景にある考え方や、体験のあり方を届けたい。
セルフプレジャーであっても、パートナーとの時間であっても、
その時間が、「自分や相手を大切にできた」と感じられるものであってほしい。
その感覚が、少しずつ自己肯定感や、
人との関係性の質を変えていくと信じています。
私は、ただ商品を売りたいわけではありません。
性を、もっと健全に。
もっと美しく。
そして、もっと大切に扱えるものへ。
その価値観を、少しずつ広げていきたいと思っています。
BiBiOを選ぶことが、性を大切にするという気持ちを
自分やパートナーに対して、体現することになるように。
だからこれは、ビジネスでありながら、
同時に、社会に対するひとつの提案であり、小さな運動なのかもしれません。